2014年11月11日

医者の治療の方法は今の時代から取り残されてるように感じる。

こんな記事を読みました。

それほど長くないので、ぜひ、読んでください。

まだ100年前のまま、ガラパゴス化する医学部教育

自宅の周りの病院で、実際に医者の治療を受けていると医者は今の時代から取り残されているように感じます。

上記の記事にも書いてありますが、実際に今の日本の医学部教育は100年前の知識詰め込み型らしいです。

ドイツから訪れた医学教育者が日本の医療教育を見たときに「日本には100年前のドイツの医療教育がある」とおっしゃられたそうです。

この時にパッとイメージしたのが、日本の英語教育ですね。

中高大と10年間、勉強しても実際の現場では、会話はおろか、ほぼ読み書きできないのを思い浮かべました。

時代遅れの勉強理論で、ほとんどの日本の国民が英語を話せない。

一生懸命、勉強したって質や方向性が間違っていたら無意味ということがあります。

僕が病院の治療を受けた時に感じるのは、医師の医療教育が100年前だから時代に取り残されてるんじゃないかと感じているのではありません。

それは、この記事を見るまで知りませんでした。

この記事を知る前から、日本の英語教育の問題と同じような問題を感じていたのですが、何をもって時代に取り残されているように感じるかというと、未だにつめこみ型教育の知識系の人間が優秀だと勘違いしているような感じがあり、仕事っぷりも、それを実践しているようにみえるからです。

要するに、どの病院に行った時もその医者自身の考えではなく、医療書や誰か他の先生、メーカーの資料など他人の知識の受け売りの治療

僕のために先生自身が知恵を絞って考えたように思えない詰め込み型知識治療なんです。

ようするに、今のネットある時代なら、誰でもできそうな、ただのマニュアル治療。

昔は膨大な知識や一般の人間がアクセスできないような専門的な知識を持っていることが賢いとされていました。

しかし、知識なんてものは、今やGoogleで検索すれば0.3秒で、なんでも答えてくれます。

必死で勉強して、わざわざ、知識を脳に詰め込まなくても、膨大な知識は皆さんの携帯から、いつでもアクセスできます。

これからの医療に必要なのは、特別な知識を他の人よりも知っていることではなく、既存の知識というデータベースを自分なりにどうデザインしていくか?

知識に関しては、医者も一般人もある種、今や同じ条件なのです。

極端に言えば、勉強で脳みそに詰め込んだか、iPhoneを使うか位の違いしかありません。

同じだけの知識にアクセスできても、その知識を材料に何かをつくり出せば、それは人それぞれ変わります。

どちらかというと理論的な知識よりも医療にも芸術的なセンスが必要なのではないかと思います。

例えば音楽は、楽譜や音楽理論は誰でも同じだけ知識を詰め込むことができます。

それなりの時間、勉強すれば、誰でも理論的には語れますが、音楽の目的は理論の知識の垂れ流しではありません。

曲を聴かせて感動させること。

逆に自分自身のオリジナル曲で感動させられなければ、プロのミュージシャンではないのです。

音楽での感動を与えることが医療での「治る」ことだと思います。

誰もがイイ曲をつくれるわけではないですが、「感動する曲という結果」を作り出せない場合、それはプロの仕事ではなく趣味なんですね。音楽理論に詳しい、ただの趣味。

歯医者の先生や外科の先生、救急の先生に限っては、すでにこういった分野で活躍しておられると感じます。

マニュアルなんか通じない世界。

自分の知識を現場の患者さん自身の状態や状況に合わせて再度、組み立て直して、自分独自のデザインをされていると思います。

友達の歯科医さんは若いのに知識と知恵と技術が融合していて、感心させられます。

僕の西洋医学の師匠は元外科医ですが、内科系の生理学や病態生理学が、その先生独自の知恵があって、いつも教えてもらっているとワクワクします。

「それ、本の内容、まんまじゃん!」ってことがありません。

ちなみに日本人ではありません。

逆に日本人の医者は、こっちが知らないと決めてかかっているのか、本のまんまの説明をしてきて、ドヤ顏をするので、こっちが恥ずかしくなります。

普段の治療で、こういったことを実感しずらいのは、実際に治療体験しているのが自宅近くの内科系の開業医しかないからだろうと思います。

残念ながら、内科系の医者などは話しをすればするほど「この人、大丈夫か?」と感じます。

僕が漢方家とかではなく、一人の患者として。

ひょっとすると論文を書かせたり、講演させたり、なんかどうでもいい、机上のお勉強をさせれば、すごい先生なのかもしれませんが、少なくとも現場の治療で、この人賢いのだなと感じたことは、ただの一度もありません

先生の名前も1人も覚えていません。

医者自体に興味がないし、興味がわかない。

全部、〇〇医院としてか覚えていません。

みなさんも、そうじゃないですか?

「こんな治療をする先生なんだな」と思ったことが1度もないです。

むしろ「あれだけ勉強しても賢くなれない医大ってある意味すごいな」と感じてました。

それで、記事の初めに貼ったリンクにある「まだ100年前のまま、ガラパゴス化する医学部教育」の記事を読んで納得です。

別に僕の方が賢いと言ってるのではありませんよ。

自分の治療で思い出して調べてみてください。内科系の病院にいって処方された薬。

これだけの情報時代になると病名や症状から何がよい薬なのか、素人でも、すぐに調べられます。0.5秒で。

「今日の治療指針」なんていう本で調べれば、ご丁寧に処方までの手引きまで書いてあります。

そして、そんな知識をたっぷりと仕入れてから病院の治療を受けるとネットで自分が調べた治療と同じなんですよ。

悲しい事に。

薬の効果や使い方は「製薬会社」が研究してわかった知識。

処方の手順は「マニュアル」に書いてある知識。

これでは、どこにも、その先生の知恵が入っていません。

さっきも言いましたが知識だけだったら、Google先生の方が遥かに早いし、いろいろ知ってます。

どれだけ勉強したって、所詮、人間はかないません。

しかも、その先生をみんなポケットに持っているんですよ。

今はそういう時代。

100年前の教育をたっぷりと受けてきているので、なかなか、今の時代の変化に気づきにくいのかもしれませんが、知識だけをマニュアル的に流用する治療は、もう古臭いんじゃないでしょうか。

一人、一人に対して治療デザインしてほしいです。

漢方は2千年前からある古臭い医学ですが、一人一人の体質に合わせないといけません。

1回、1回、その人のために治療をデザインする必要があるのです。

漢方では、あなたの治療法はあなただけのもの。

僕がいつかのブログで「たぶん西洋医学で優秀な先生ほど漢方の腕は悪くなると思う」と言ったのは、漢方は知識に頼ってやるほど、結果が出ないからです。

だから、メーカーからもらったマニュアルで漢方薬を選んでも結果が出ないのです。

ちゃんと、東洋医学的に、その人独自の体質を分析し、その人のためだけの治療法をその都度、受け売りでなく自分自身でデザインしてあげましょう。

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【このブログの著者】
まごころ漢方薬店 国際中医師 松村直哉

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posted by 華陀 at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 東洋医学について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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