その方からガラガラの声で電話がありました。
なんでも家族が風邪をひいたみたいで、それがうつったとのこと。
ここまでなら、今の時期なら誰にでもある話ですよね。
大問題は公演の2日前だということ。
プロのオペラの歌手さんなので、喉は特殊な楽器そのものなのです。
それが風邪で傷ついていて、しかも公演が迫っている。
僕もしょぼいですが、ギターやピアノで弾き語りをしたりするので、しょぼいながら、これはマズイなと感じました。
2日間しか治療期間が残されていない。
こんな時によく登場するのが葛根湯。
病院が「風邪に葛根湯」ってヤブ漢方医の代表みたいな処方を定着させているので一般的には”葛根湯は風邪を治すことができる薬”みたいに思われがちですが、別に葛根湯は風邪を治す効果があるわけではありません。
風邪の治療も、やはりその時の一人一人のそれぞれの体質を見なくてはいけません。
しかも風邪の時に判断する体質って、情報が少ないので、経験によるところが大きく慢性病よりも体質に合わせる精度も難しくなるのです。
幸か不幸か、この方、もともと、病気の治療ではありませんが身体のケアで葛根湯を飲んでいました。
これは逆に役に立ちました。
つまり、今回の風邪は葛根湯証(葛根湯が合う体質)ではないということ。
もしくは「葛根湯は今回の風邪の治療では使えない」ということです。
消去法ですね。
病院では風邪は葛根湯か麻黄湯か麦門冬湯の3種類だけ考えてマニュアルで出してりゃいいでしょうが、本来は、絞りに絞っても候補は10種類もあります。
(こういう時は病院のマニュアル処方は何も考えなくていいから、ある種うらやましいですね。)
消去法で候補が1つでも減らせたら、その分、選びやすくはなります。
この時に「普段、葛根湯を飲んでいたのに風邪になったの?」と疑問に思われた方もいらっしゃるかもしれません。
そう、これこそ、「葛根湯は風邪を治す薬ではない」ということです。
2通りの可能性があるのですが、1つはベタに今回の風邪は葛根湯で治せる風邪じゃなかったってことです。
(今回の風邪体質は葛根湯が合う体質ではなかった)
もう一つは、漢方薬はその人の体質に合わせて、その体質を調整するものです。
葛根湯は、咳止めや喉痛止め、ウィルスを殺す効果ではないのですね。
(葛根湯というか漢方薬にそんなものがないですね)
普段から葛根湯を飲んでいるということは、葛根湯で調整されている体質ということなのですが、その葛根湯で調整されていた体質の人が風邪になった。という可能性もあります。
この場合は「突発的に急激に調整しないといけない風邪の治療」に対して「葛根湯は、普段から飲んでいるから急激に体質調整できない」のです。
また、風邪はウィルスが侵入して炎症を起こす病気なので、普段から葛根湯を飲んでいたって予防にはなりません。
さっきも書いたように葛根湯にウィルスをやっつける効果があるわけではないからです。
漢方薬の風邪治療は、ウィルスをどう追い出すか?
またはウィルスの力にどう打ち克つかを考えます。
風邪ウィルスをそものものを攻撃するかどうかではなく、「いかに自分の身体を風邪ウィルスに対して対応させるか」ですね。
西洋医学と発想が正反対です。
その治療経路が人それぞれの体質で違うのですね。
風邪治療の候補になる漢方薬を絞りに絞ってもまだ10種類あるのはそのためです。
この場合は、単純にみれば葛根湯以外の変化を与えないと治せないということですね。
しかも早急に。
二次的な感染も防ぎたいので今回は病院の薬も飲んだほうがいいとお話しました。
そしたら、でましたね。麦門冬湯。
さすが病院の異次元処方。
おじいさん、おばあさん、もしくはそれに相当する体力のない人の乾咳に処方するという麦門冬湯。
若い人には、ほぼ処方することのない麦門冬湯。
ちなみに僕は麦門冬湯を滅多に選びませんが、お年寄りのひどい肺炎を麦門冬湯で治したことがありますので、麦門冬湯を使わないわけではありません。
僕らからするとほとんど選ぶことのない幻の処方。
病院のいつもながらの安定感に2人して苦笑いです。
結局、いろいろ考えて、ある漢方薬を処方しました。
処方は内緒。
結果的に1日でほぼ改善。
公演も問題なく終えられたようです。
1袋で良くなっていくのがわかったとのことでした。
いやーよかったです。僕も勝手にライブ関係者のつもりになって焦っていました。
後日譚があるのですが、ご自身がすごくよく効いたので、同じ風邪であろうご家族に同じ処方を飲ませてみたようですが、効かなかったようです。
なぜなら、普段の体質が全然、違うから。
今回のこの治療って漢方の法則というか西洋医学と漢方は全然別物という教訓がいろいろありますね。
・葛根湯だけが風邪の処方ではない。
・葛根湯は風邪やその症状を治す薬ではないので、普段から葛根湯を飲んでいる場合は、葛根湯以外の効果や変化を与える必要がある。
・同時期にうつった同じ風邪でも体質が違えば同じ漢方薬は通用しない。
・病院の喉や咳に処方する麦門冬湯はマニュアル処方のせいか全国どこも同じ(あっこれは漢方の教訓ではないですね。このご相談は関東とうちの関西の店でのやり取りです)
確かに風邪の初期に葛根湯は誰もが合いやすい確率が高い処方であるのは事実です。
ただし、この初期というのは、自分が風邪とは思っていないような初期です。
風邪の治療の場合、漢方薬は「徐々に効いてくる」というルールではなくなるので、1日3回飲んでみて、治らなかったから、葛根湯を飲み続けても治りません。
その時は違う種類の漢方薬に変えていきましょう。
漢方薬の風邪の治療効果は咳止めでも鼻水止めでも解熱剤でもないので。
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【このブログの著者】
まごころ漢方薬店 国際中医師 松村直哉